大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)1148号 判決

原告

テレサAマツシタ

被告

司倉庫運輸株式式会社

主文

一  被告は、原告に対し、八二万五〇七六円及びうち七四万五〇七六円に対する昭和六〇年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一八七三万二〇〇五円及びうち一七二三万二〇〇五円に対する昭和六〇年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点における普通貨物自動車と普通乗用自動車の衝突事故について、普通乗用自動車の運転者から普通貨物自動車の保有者に対し、自賠法三条に基づき損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  事故の発生

発生日時 昭和六〇年七月一五日午前七時三五分ころ

発生場所 神奈川県相模原市新磯野二丁目三五番先交差点

加害車両 普通貨物自動車(大宮一一い八三九九)

運転者 青野武(被告会社従業員)

被害車両 普通乗用自動車(相模五六Y五四二)

運転者 原告

事故の態様 本件交通事故現場の交差点に、東方(相模台方面)から一時停止違反のまま進入してきた加害車両が、南方(相武台方面)から同交差点に進入してきた被害車両の右側面に衝突した。

2  被告会社の責任

被告会社は、加害車両の保有者であり運行供用者である。

3  原告は、昭和六一年八月一二日症状固定となり、自賠法施行令第二条別表後遺障害等級表第一二級に該当する旨の認定を受けた。

二  争点

1  過失相殺

2  原告の症状と事故との因果関係

3  損害額

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  証拠(甲七の2~7、9~13、原告本人)によれば、次の事実が認められる

本件事故現場は、相模台方向から座間キヤンプ方向に通ずる市道と相武台方向から麻溝台方向に通ずる市道が十字形に交差した信号機により交通整理の行われていない交差点であり、各市道の幅員はいずれも六メートルである。加害車両が進行してきた市道の交差点手前左側は倉庫が建つているため、交差点の左方(相武台方向)の見通しは悪く、被害車両が進行してきた市道の交差点手前右側は右倉庫が、同左側は民家がそれぞれ建つていて、交差点の左右の見通しは悪い状態であつた。加害車両は一時停止の標識を見落としたまま時速約三五キロメートルで、被害車両は時速約二〇キロメートルでそれぞれ右状況の交差点に進入した。

2  右認定の事実によれば、原告にも見通しの悪い交差点を直進するにあたり、右方の安全を確認して進行すべき義務があつたにもかかわらずこれを怠つた過失があるというべきであり、原告と青野武の過失割合は、原告が一割、青野武が九割と認めるのが相当である。

二  原告の症状と事故との因果関係について

1  証拠(甲一、二、六の1~6、八、乙一の1、2、二の1~5、三の1~18、五、六の1~31、七の1~19、九の1~86、一〇の1~16、証人松下健次(一・二回)、同岩田清二、原告本人)によれば、本件事故後の原告の受傷状況及び症状、医師の診断・治療経過は以下のとおりであると認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、本件事故当日である昭和六〇年七月一五日には丘整形外科において全身打撲、右肩挫創、両大腿圧挫傷、内臓損傷の疑い、右鎖骨骨折、骨盤骨折、麻痺性イレウス、左下腿血栓性静脈炎合併、腎盂腎炎合併の診断を受け、同年九月三〇日まで七八日間同病院に入院し、次いで、東海大学大磯病院において骨盤骨折、左挫骨神経麻痺の診断を受け、昭和六〇年九月三〇日から同年一〇月二五日まで二六日間同病院に入院し、さらに、相武台病院で交通外傷後腰部、臀部、左下肢痛の診断を受け、同病院に昭和六〇年一〇月二五日から同年一〇月二八日まで二日間入院した後、引き続き同年一一月二一日まで同病院に通院(実通院日数一三日)して治療を受け、昭和六〇年一一月二二日から同月二五日までの間、腰部挫傷、骨盤骨折の診断により山下整形外科医院に通院(実通院日数二日)した。

原告が訴える症状の中心は身体各部位の疼痛であり、丘整形外科における当初の疼痛は右鎖骨部痛、下腹部痛、腰痛、骨盤部痛等であつたが、同病院における治療によつて、骨折部化骨は順調に形成されて歩行可能となり、合併症も消失した結果右各部位の疼痛は次第に軽快したが、事故後約一〇日で出現した左下肢疼痛は同病院退院時も残存し、原告本人及び家族の希望によつて東海大学大磯病院に転院した際の症状は、左大腿部の苦痛と麻痺が続いている状態であつた。同病院では左挫骨神経痛が著明とされ、左挫骨神経の圧縮が認められたため左挫骨神経剥離術を施行された結果右症状は軽減してきたが、さらに左足及び腰部の痛みを訴えるようになり、同病院退院後も引き続き相武台病院及び山下整形外科医院において腰部、臀部、下肢痛等を訴えてその治療を受けたが効果がなかつた。原告は、日本語をほとんど理解しないこともあつて、右各病院の医師及び看護婦らとの意思疎通が十分にとれなかつたことや日本の病院の医療体制に対する不信感などから、昭和六一年一月一四日から同年二月八日までの間アメリカ合衆国コロラド州デンバー市のローズ医療センターに入院して治療を受けた。その際の原告の主たる訴えは、左足及び腰仙椎骨の痛み、腹部の痛み、右側顎を完全に開けられないなどであつた。同医療センターでは原告の右症状に対し、整形外科医、神経外科医、歯口腔外科医、心理学者等による診察を行い、レントゲンによる脊髄像検査やCTスキヤナー検査、神経機能検査、筋電図測定、各種心理テストなどを行い、その結果、左下肢第一仙骨部付近にわずかの変化が認められ、側頭下顎関節に機能障害を生じているという点を除いて特別な異常は認められず、各種心理テストの結果は、原告にかなりの神経症状すなわち交通事故による負傷によつて生じた不安、抑欝、睡眠障害等が認められ、これらの症状は、転換(意識下の情緒が身体的な障害に転換される個体の心的防衛規制の一つ)の徴候として捉えられるとされた。そして、原告の各症状に対しては、投薬、経皮神経刺激法等の物理療法が施されたが、原告の回復反応はあまり大きいものではなかつた。

以上のような治療の経過を経て、原告は、昭和六一年八月一二日、頑固な左挫骨神経痛(圧痛)、腰痛等の自覚症状を残し症状固定とされた。

鑑定の結果によると、原告の左下肢疼痛の症状は、事故後約一〇日で出現していること、腫れていて痛い、灼熱痛などの疼痛の性質、神経症状が不確かながら存在していたこと、軽度の足関節の筋力低下及び関節拘縮を遺存していること、東海大学大磯病院における手術時の所見で軽度の挫骨神経損傷や損傷後の絞扼や周囲組織の癒着があつたことなどから挫骨神経中枢部の器質的損傷後のカウザルギーと考えることが十分可能であるとし、原告の心理的素質が右カウザルギーの発症に大きな関わりを持つているとしている。

2  以上の原告の各症状のうち、骨盤骨折等の当初の傷害と本件事故との間に因果関係にあることは明らかであり(鑑定の結果によれば、麻痺性イレウス、左下肢血栓性静脈炎、腎盂腎炎についても、いずれも本件事故による外傷の合併症として起こりうるものであることが認められ、本件事故との因果関係を認めることができる。)、さらに、挫骨神経損傷に伴うカウザルギーの発症が原因とされる疼痛については、前記ローズ医療センターにおける治療結果の報告(甲二)や日本における原告の診療の経過等を総合すると右疼痛の原因に心因的要因が強く働いていることは否定できないとはいえ、これが本件事故を誘因として発現したものであることは明らかであるから、本件事故との因果関係を否定することは相当でない。

しかしながら、外傷治癒後も残存した原告の症状が多分に心因的要因によるものであること、その結果、治療期間が長期にわたり、かつ、投薬による対症的治療の経過で原告に薬物依存症の傾向が認められるに至つていること(鑑定の結果)などを考慮すると、本件事故による原告の受傷及びこれを契機として原告に生じた損害の全部を被告に負担させることは公平の理念に照らし相当でなく、損害の拡大に寄与した原告の右事情を勘案して、右受傷によつて発生した損害のうち二割を減額するのが相当である。

三  損害額

1  治療費 八五九万五三七九円

右二の1で認定した事実によれば、症状固定の日である昭和六一年八月一二日までの各病院における入通院治療が本件事故と相当因果関係にあることは明らかであり、証拠及び争いのない事実により認定できる各病院における治療費は次のとおりとなる。

丘整形外科 四一九万三〇六〇円

東海大学大磯病院 二三〇万〇一五三円

相武台病院 二四万九六〇〇円

山下整形外科 三万四一二五円

(以上の治療費額についてはいずれも当事者間に争いがない。)

右以外に原告が本件受傷等の治療のため東海大学病院、同大学大磯病院において治療を受けた治療費及び薬代の合計額 七万五一二〇円

(甲九の1~15、弁論の全趣旨)

米軍病院 五五ドル

口頭弁論終結時の交換レートにより円に換算すると

五五×一二二円(円未満切捨)=六七一〇円

(甲九の17、弁論の全趣旨)

ローズ医療センター 一四二三四・五二ドル

一四二三四・五二×一二二=一七三万六六一一円(円未満切捨)

(甲三の1の(一)、(二)、3、4、6、7、証人松下健次、弁論の全趣旨)

2  車両損害 二〇万円

証拠(甲一六、証人松下健次、弁論の全趣旨)により認める。

3  原告主張の電話代、航空運賃、交通費等については、本件事故との相当因果関係が認められない。

4  休業損害 一八八万五四七五円

原告は、キヤンプ座間在日米国陸軍本部に秘書として稼働しているが、本件事故により、事故日から昭和六一年七月四日まで全く仕事に従事することができなかつたため、この間の収入を得られず、同月七日から同月一八日までの二週間は二〇時間稼働したのみで六〇時間は稼働できず、二〇時間分の収入しか得られなかつた。

そして、原告が右の間得られたはずの収入は、昭和六〇年七月一五日から昭和六〇年一一月一五日までの間の合計五一七二・六六ドル(二週間で五七四・七四ドル)、同年一一月二四日から昭和六一年二月一四日までの間の合計三六二六・五二ドル(二週間で六〇四・四二ドル)、同年三月三日から同年七月四日までの間の合計六一九一・二ドル(二週間で六一九・一二ドル)、同月七日から一八日までの間の四六四・三四ドル(右六一九・一二ドルの四分の三)の総合計一五四五四・七二ドルである(甲四の1~3、五の1~3、証人松下健次(一、二回)、原告本人)。

これを円に換算すると、

一五四五四・七二×一二二=一八八万五四七五円(円未満切捨)

となる。

5  逸失利益 三四三万五七五四円

原告の症状固定時の年収は、一六一四一・三四ドル(二週間で六一九・一二ドルの一年分)である。

そして、原告は、前記の後遺障害により一四パーセントの労働能力を喪失したものと認め、その喪失期間は二〇年間と認めるのが相当である。

そこで、右年収を円に換算したうえでこれを基礎として、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益を算出すると、次のこととなる。

一六一四一・三四×一二二=一九六万九二四三円 (円未満切捨)

一九六万九二四三×〇・一四×一二・四六二二=三四三万五七五四円(円未満切捨)

6  慰謝料 三九〇万円

本件に現れる諸般の事情を考慮すると、原告の慰謝料は次のとおり合計三九〇万円と認めるのが相当である。

傷害慰謝料 一五〇万円

後遺症慰謝料 二四〇万円

7  減額及び過失相殺

以上の損害額の合計は一八〇一万六六〇八円となるが、被告の既払額のうち付添費として六八万四三三三円が支払われていることは当事者間に争いがなく、これを本件事故と相当因果関係にある損害として右合計額に加算すると一八七〇万〇九四一円となるが、前記のとおり原告の心因性を理由に右損害額から二割を控除すると、一四九六万〇七五二円(円未満切捨)となり、さらに前記認定の過失割合に従つて一割を控除すると一三四六万四六七六円(円未満切捨)となる。

8  損害の填補

弁論の全趣旨によれば、原告は、損害金の一部として合計一二七一万九六〇〇円の支払いを受けていることが認められるので、これを控除した残額は七四万五〇七六円となる。

9  弁護士費用 八万円

本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、八万円をもつて相当と認める。そこで、七四万五〇七六円に八万円を加えた合計額は八二万五〇七六円となる。

(裁判官 近藤ルミ子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例